結局は人材である。
結局は人材だ。
この言葉にひっかかるのは企業の人事だけでしょうか。
いやいや我々労働者全員が胸を張ってこのことを主張しようじゃないか。
なんてスローガンめいたことから始めましょうか。
新人教育に関わっている人なら共感してもらえるかもしれませんが、
できる新人とぶっ壊す新人は意外と紙一重です。
それはつまりどういうことかというと、
(仕事が)できる新人は既存の秩序を壊して、新しいより良いやり方を自分で考え、模索するからです。
それは元々いた人たちにとっては、悪い新人になる可能性もあります。
なぜかというと、自分たちが築いてきたものが壊されるからです。しかも昨日今日入ってきた新人に。
でも物事をより良くするって、そういうことだと思うんですよね。
わたしがいい新人になれなかったのは、
ぶっ壊しすぎたからかな。
なんて独り言はおいて、
そういう自分で考える新人を潰して排除するか、
能力を発揮させて組織の中で活かすか。
その選択でその企業の数年後は変わってくるはずです。
新しい人、価値観、仕組みを受け入れることは
とてもエネルギーのいることです。
でも自分で考える社員がいなければ組織はいつか空疎化してしまいます。
肩書だけ、年数だけでは戦えません。
現状維持と言いますが、
平穏に現状維持できている背景には、
どれだけの試行錯誤があるか。
それを継続していくために、自分で考えて創意工夫して、変革の大きな社会の中で維持している人がいるのです。
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なぜこんなに熱くなるかというと、
わたしがぶっ壊すだけ壊していい人材になれなかったからです。
自分が間違ってたとは思えないけど、
じゃあどうすべきだったか。
仕事を辞めてから1年弱が過ぎますが、いまだに答えは出ていません。
自分への悔しさをバネにしながら、しかし言いたいのです。
結局は自分で考えることのできる人材が大事だ、と。